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函館地方裁判所 昭和48年(ワ)58号 判決 1975年10月24日

原告

長谷川敬一

被告

豊商事株式会社

右代表者

多々良良成

被告

関戸則夫

右被告両名訴訟代理人

藤井正章

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨(原告)

(一)  被告らは原告に対し、連帯して金一、三二六万二〇〇〇円と、これに対する昭和四八年三月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員とを支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行宣言。

二、請求の趣旨に対する答弁(被告両名)

主文と同旨。

第二  当事者の主張

一、請求の原因(原告)

(一)  (被告らの地位)

被告豊商事株式会社(以下「被告会社」という。)は東京繊維商品取引所と横浜生糸取引所の商品取引員であり、被告関戸則夫(以下「被告関戸」という。)は、登録外務員であつて、被告会社の使用人(函館営業所長)である。

(二)  (原告と被告会社との契約及び金銭の授受)

1 本件取引の委託

原告は、肩書住所で酪農を営んでいる者であるが、昭和四七年九月一九日、初対面の被告関戸の訪問を受け、「毛糸一枚(三〇〇キログラム)の証拠金は四万円である。現在毛糸は異常な値上りをしているから一〇〇枚売つてみてはどうか。」などと毛糸の取引に勧誘され、翌日(九月二〇日)原告宅において売伝票その他の書類に署名捺印した。そして被告会社は、別表第一(東京毛糸の取引)番号1建玉欄記載のとおり、東京毛糸につき同日前場一節に一〇〇枚を約定値段一キログラム当り一五五一円で売玉を建てた。(以下「別表第一の1建玉のとおり東京毛糸を売建した」というように略記する。)

更に同年九月二五日、原告宅において被告関戸から「委託証拠金は一枚(一二〇キログラム)六万五〇〇〇円であるが、株券をもつて充当することができる」などと生糸の取引の勧誘を受け、同日被告会社に対し五〇枚を売建するよう生糸取引の委託をした。

そして被告会社は同日、別表第二(横浜生糸の取引)建玉記載のとおり横浜生糸を売建した(以下別表第一、第二記載の取引を総称して「本件取引」ということがある。」)。

2 証拠金などの預託(合計一、四八三万三四〇〇円)

被告会社が原告に対し、本件取引に基づくものとして、委託本証拠金(以下「本証」という。)、委託増証拠金(以下「増証という。)及び委託追証拠金(以下「追証」という。)などの預託を求めてきたので、原告は、別表第三(証拠金などの支払)の「年月日」欄記載の日に、「金額」欄記載の額を、「現金代用証券の区別」欄記載の方法で、「摘要」欄記載の事項の支払をなす目的で被告会社に対し、合計一、四八三万三四〇〇円を預託した。

なお、別表第三の「番号」欄3及び6記載の北海道拓殖銀行の株式は、「備考」欄記載のとおり、被告会社によつて後日売却され、その代金一五七万一六二〇円が証拠金に充当された。

3 決済後の返金など(合計一五七万一四〇〇円)

被告会社は原告に対し、左記(1)ないし(3)のとおり合計一五七万一四〇〇円を出捐をしたり、決済後剰余金として、返還したりした。

(1) 別表第三の6記載の株式二〇〇株の購入代金八万八七八〇円

すなわち別表第三の6記載のとおり別表第三の3の株式が、四八〇〇株では端株となるため、二〇〇株買増して五〇〇〇株を預託することにしたが、その買増し代金八万八七八〇円は被告会社が立替したものである。

(2) 昭和四七年一二月五日、剰余金として一〇〇万円を返還。

(3) 同年同月二八日、剰余金として四八万二六二〇円を返還。

(4) 差引欠損(一、三二六万二〇〇〇円)

以上の次第で、本件取引によつて、原告が被告会社に支払つた額から、右返金などの合計額を差引いた残の一、三二六万二〇〇〇円が原告の欠損となつた。

(三)  (不法行為及び原告の損書)

被告らは、本件取引及びその受託を、左記1ないし5記載のとおり、商品取引所法(以下「法」という。)、東京繊維商品取引所、横浜生糸取引所の各準則(以下総称して「準則」ということがある。)に違反して、故意又は過失により、更に被告会社においてはその事業の執行につき被告関戸を使用して、なしたものである。したがつて、被告関戸は民法七〇九条、七一九条、被告会社は民法七一五条、七一九条により、原告に対し、連帯して、原告が本件取引によりこうむつた前記差引した欠損金一、三二六万二〇〇〇円相当の損害を賠償する義務がある。

1 準則一条(受託契約準則への準拠)二項違反。

被告らは、「準則」を本件取引委託契約締結時原告に対して交付せず、昭和四七年一二月初旬になつて初めて交付した。これは準則一条二項の、「商品取引員は新規の委託考から売買取引の委託を受けるときは、当該委託者に対し、この準則を交付し、かつ当該委託者からこの準則に従つて売買取引を行うことを承諾する旨の書面または契約書を徴収しなければならない。」との規定に違反する。

2 準則四条(受託の取扱場所)違反。

本件取引委託契約は、原告の肩書住所において行われ、被告会社の営業所又は出張所で行われたものではない。

これは、準則四条の「商品取引員は、本所の商品市場における売買取引の受託は、法に基づき当該商品の受託につき許可を受け、かつ、その標識を掲げてある本店または従たる営業所において行なわなければならない。」との規定に違反する。

3 準則三条(受託の際の指示事項)、一八条(一任売買等の禁止)一号違反。

昭和四七年九月一九日、原告から被告関戸が「大きな利益を目的とせず小利でよいから損をしないよう十分考慮してやつて欲しい」旨依頼され、原告との間で、以後原告が被告会社に建玉、決済など、取引一切を一任する本件取引委託契約を締結して以来、原告から、成行又は指値の区別、指値の場合でもその値段の区別、あるいは売買を行う日や節の指示を受けることなく本件取引の委託を受けた。

これは、準則三条の「商品取引員は、委託者から売買取引の委託を受けるときは、そのつど次の各号に掲げる事項につき指示を受けなければならない。一商品の種類、二限月、三売付または買付の区別、四新規または仕切の区別、五数量、六成行または指値の区別、指値の場合はその値段、七売買を行なう日、場および節または委託注文の有効期限、八ペーシス取引の場合においてはその旨および相手方の氏名または商号(東京繊維商品取引所の場合)、特定取引の場合においてはその旨および相手方の氏名または商号(横浜生糸取引所の場合)」との規定及び一八条一号の「商品取引員は、商品市場における売買取引につき、次に掲げる行為をしてはならない。一第三条各号に掲げる事項の全部または一部についての顧客の指示を受けないでその委託を受けること」との規定に違反する。

4 準則一八条(一任売買等の禁止)二号違反。

被告会社は、左記(1)ないし(4)のとおり原告の指示を受けないで原告の計算によるものとして本件取引をした。

(1) 昭和四七年九月二五日、被告関戸が原告を訪ね「毛糸が一キログラム当り五〇円下がつた」旨報告した際、原告が「儲けはあまりいらないから直ちに売玉を仕切つて手仕舞つてもらいたい。」と依頼したのにもかかわらず、被告会社は、手仕舞わなかつた。

(2) 同年同月三〇日、被告会社は「毛糸の相場が急上昇した」との理由で、原告に無断で別表第二記載のとおり、横浜生糸を手仕舞い、その証拠金を毛糸取引の証拠金の不足分に充当した。

(3) 同年一〇月二日、原告が被告関戸に対し、両建のうち買玉を手仕舞うよう依頼したにもかかわらず、被告会社は、翌日(一〇月三日)手仕舞うどころか別表第一の3記載のとおり、東京毛糸を一〇〇枚新規に買建した。

(4) 被告会社は、昭和四七年一二月一日、原告に無断で、別表第一の1記載のとおり東京毛糸を手仕舞い、本件取引を決済した。

これは準則一八条二号の「(前文及び一号は右3に記載しためで省略する。)顧客の指示を受けないで顧客の計算によるべきものとして売買取引をすること」を禁じた規定に違反する。

5 準則一七条(不当な勧誘等の禁止)一号違反。

被告関戸は、原告に対し、本件取引委託契約の勧誘をした際、原告が、「商品取引については全くの素人で無知である。又原告宅の電話が農村集団自動電話であるから、原告と同一の組の者が、今金町内で同一ケーブルの者が通話すれば通じなくなるうえに、電話の声が遠くてはつきり聞き取れないことが多い。原告の酪農の仕事は連日午前五時から午後八時ころまで働かねばならない重労働であつて相場の変動はほとんど知ることができない。」などを理由にあげて、勧誘に応じる意思のないことを説明したのに対し、「今、毛糸一キログラムにつき一五〇〇円台だが、必ず一四〇〇円以下に下落することは確実である。したがつて一〇〇枚では楽に三〜四〇〇万円の利益が得られる。委託証拠金は一〇〇枚分四〇〇万円だけを納入すれば来年(昭和四八年)二月までの間に好きな時を選んで建玉を仕切つて利益をあげればよい。二月までは四〇〇万円以外資金は一切不要である。原告が損をせぬよう、必ず利益になるよう被告関戸が原告にかわつて取引一切を行う。生糸も予想外に値上りしており、必ず下がつて儲かる。これも一度委託証拠金を出せば翌年(昭和四八年)二月までは全く出資を要しない。又建玉、仕切、決済など一切は被告関戸が上手に行つてやる」などと本件取引委託契約が利益を生ずることが確実であると誤解させる断定的な判断を提供して巧みに委託を勧誘した。なお、昭和四七年九月二七日、毛糸の価額が急上昇して追証が必要であるといわれるまでは原告は、追証の説明を全く受けておらず、被告関戸の右説明により昭和四八年二月以前は金銭を出さなくてもよいものと信じ込んでいた。そのため商品取引に全く無知であつた原告は、損をせず、昭和四八年二月までは当初の証拠金のほか全く出捐を要しないものと誤信して本件取引の委託を行つたものである。これは、準則一七条一号の「商品取引員またはその使用人(商品取引員が法人である場合にはその役員および使用人)は商品市場における売買取引につき顧客に対し利益を生ずることが確実であると誤解させるべき判断を提供してその委託を勧誘すること。」をしてはならない、との規定に違反する。

(四)  (結論)

よつて原告は、被告両名に対し、請求の趣旨記載のとおり訴求する。

二、請求の原因に対する答弁(被告ら)

(一)  請求の原因(一)(被告らの地位)は認める。

(二)  同(二)(原告と被告会社との契約及び金銭の授受)は認める。

(三)  同(三)(被告らの不法行為及び損害)は否認する。

ただし、準則の規定が原告主張のとおりの内容であること及び、差引残金一、三二六万二〇〇〇円が原告の本件取引による損失勘定である(別表第一及第二決済欄記載のとおり)という意味において認める。

(四)  同(四)(結論)は争う。

(五)  被告らの反論

1 準則一条二項違反の主張について。

被告会社は原告に対し、本件取引開始時に準則を交付した。

2 準則四条違反の主張について。

原告は、原告の住所において被告関戸のなした勧誘行為が準則四条に違反すると主張するが、商品取引員の本店又は従たる営業所以外の場所で売買取引の委託の勧誘をする行為を外務行為といい、各取引所の定款において、各取引所で外務員登録簿に登録をした登録外務員だけが、この外務行為に従事することができる定めとなつている。そして被告関戸は、東京繊維、横浜生糸の両取引所に登録をした登録外務員である。

したがつて、原告の肩書住所でなした被告関戸の勧誘行為は違法でない。

3 準則三条、一八条一号、二号違反の主張について。

被告会社は、原告から昭和四七年九月二〇日別表第一の1建玉欄記載のとおり東京毛糸の売付委託を受けて以来、同年一二月一日までの間、合計八回に亘り別表第一及び第二記載のとおり東京毛糸及び横浜生糸の売買の委託を受け、東京繊維商品取引所及び横浜生糸取引所を通じて売付又は買付をなした。

右取引は、東京毛糸及び横浜生糸の定期売買の委託であり、原告において限月内に転売買をなすか、若しくは限月において現物の受渡をなす意思をもつて原告の計算により売買の委託をなすものであつて、被告らの担当者または関係者が、原告の意思と無関係に勝手に売付または買付をしたという事実はなく、必ず原告と直接訪問または電話連絡によつて原告の委託によつて売付または買付をなしているものである。

4 準則一七条一号違反の主張について。

被告会社が原告を本件取引に勧誘するようになつたのは、原告が被告会社の本店調査部アンケートに回答した(そのとき原告は、株式現物の投資経験があり、商品取引について一応知つていると答えている。)ためであるが、被告会社本店では、このアンケートに基づき、原告に対し「現代の投資と相場」という簡単な解説書を送付し、本件取引開始の際には、前記のとおり「準則」を交付したほか、「商品取引をされる皆様に」と題するパンフレット、毛糸取引のパンフレットを交付している。右「商品取引をされる皆様に」と題するパンフレットは、全国商品取引連合会が考案印刷して、委託者との紛争を避けるために、全国の商品取引員に、取引開始のとき委託者に交付することにしているものであつて、冒頭に、「もうかることもあれば損することもあります」と記載して、利益を生ずることが確実な制度でないことを唱つている。原告は損することもあることを充分認識して取引を開始したものであつて、商品取引の制度についての認識を原告において誤つていた事実はない。

第三  証拠<略>

理由

一請求の原因(一)(被告らの地位)及び同(二)(原告と被告会社との契約及び金銭の授受)については、当事者間に争いがない。

二同(三)(不法行為及び原告の損害)について。

(一)  準則の規定が原告主張のとおりのとおりの内容であることは、当事者間に争いがない。

(二)  準則一条(受託契約準則への準拠)二項違反について。

1  <証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。すなわち、昭和四七年九月一九日、被告関戸が原告の肩書住所において、別表第一番号1建玉欄記載のとおりの東京毛糸の取引の委託を勧誘した際、同被告は原告に対し、被告会社発行の毛糸取引に関するパンフレット(乙第一三号証と同一のもの)や、財団法人全国商品取引所連合会発行の「商品取引をされる皆様に」と題するパンフレット(乙第一四号証と同一のもの)とともに、「受託契約準則全文」と題し、表面に東京穀物商品取引所受託契約準則全文が、裏面にその他の商品取引所準則について右東京穀物と異る条項のみが印刷されている書面(甲第一号証と同一のもの)を交付した。更に同月二五日には被告関戸と、当時被告会社函館出張所員で被告関戸の部下であつた訴外鈴木修(以下「鈴木」という)が、やはり原告の肩書住所において、別表第二建玉欄記載の取引を原告から受託するに際し、原告に対し、右同様の「受託契約準則全文」を交付した。したがつて被告会社が原告から本件取引を受託するに際し被告会社は原告に対し「準則」を交付したというべきである。

2  右認定に反し、原告は「本件取引委託時に被告会社が原告に対し準則を交付しなかつた」と主張し、これに副う原告の本人尋問の結果及び証人長谷川キヨシの証言の各一部があるけれども、右証言などは次の理由で措信しえない。すなわち、原告は、昭和四七年九月二〇日付、二五日付の準則にしたがつて委託取引をする旨記載された承諾書二通(乙第一、第二号証)に自ら署名捺印し、更に右承諾書の末尾にゴム印で記載された「受託契約準則を受取りました」との文言の後にも捺印しており、一方当裁判所において、「準則は本件取引開始時にはもらつた覚えがない。昭和四七年一一月か一二月に初めて送つてもらつた」旨供述しているにもかかわらず、原告自ら記載したという本件の経過を記載した書面(甲第四号証)には、「昭和四七年九月二三日に被告会社東京本店から準則の送付を受けた」旨の記載があるから矛盾し、首尾一貫しない。

又証人長谷川キヨシの証言も、原告代理人の質問に対しては「本件取引委託に際し被告関戸は何も置いて行かなかつた」旨証言しながら、被告代理人の反対尋問に対して「何か、ちらしみたいなものを見たことがある」旨証言するなどその証言の趣旨はあいまいで矛盾している。

3  したがつて、本件取引委託時に「準則」を交付しなかつたとして、準則一条二項違反という原告の主張は理由がない。

(三)  準則四条(受託の取扱場所)違反について。

1  <証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

原告の肩書住所において、昭和四七年九月二〇日別表第1の1記載の東京毛糸の売建及び同年同月二五日、別表第二欄記載の横浜生糸の売建の各委託契約のため、原告が前記承諾書、準則二条一項による通知をする旨記載された通知書(乙第三号証)にそれぞれ署名捺印し、更に注文伝票二枚(内一枚には銘柄東京毛糸、月限二月限、枚数一〇〇枚、成行前場一節などと記入((乙第六号証))、他の一枚には銘柄横浜生糸、月限二月限、枚数五〇枚、成行後場二節、などと記入((乙八号証)))に署名捺印し、右取引の委託契約が締結されたものである。

2  したがつて一応右取引委託契約は準則四条及び法九一条一項に違反するものといわざるを得ない。

3  しかしながらこの受託場所の制限は、商品取引における一般投資家を保護するための行政上の取締規制であるから、これに違反して委託契約を締結したからといつて、そのことがただちに不法行為を構成するということはできず、不法行為といいうるためには、原告の損害を発生させた原因が、右委託場所の制限に違反したことにあるということを認めるに足りる特段の事情の存在が必要であると考えられるところ、右特段の事情の主張立証のない本件において、右準則及び法に違反する故をもつて、ただちに不法行為と認めることはできないというべきである。

(四)  準則三条(受託の際の指示事項)、一八条(一任売買等の禁止)違反について。

1  <証拠>を総合すると次の2ないし10記載の事実が認められる。

2  東京毛糸の売建の委託

原告は、昭和四七年九月二〇日、別表第一の1のとおり東京毛糸の売建の委託をした際、原告の肩書住所において、被告関戸から「できれば一〇〇枚単位で取引して欲しいと」勧誘され、一〇〇枚の売建を委託することとし、前記(三)説示のとおり注文伝票(乙第六号証)の所定欄に記入したうえ署名捺印した。

3  横浜生糸の売建の委託

原告は、同年九月二五日、横浜生糸の売建の委託(別表第二)をした際にも右2と同様に前記注文伝票一枚(乙第八号証)に所定の事項を記入したうえ署名捺印した。

4  東京毛糸の売玉の維持

同年九月二五日、東京毛糸は、一キログラム当り前場一節において一四九八円、同二節において一五〇五円となり、九月二〇日に売建(別表第一の1)した際の一五五一円に比して一キログラム当り約五〇円前後下がつた。

そこで被告関戸がその旨原告に報告し、その後の方針について話し合つた。原告が一応手仕舞いを考えたのに対し被告関戸は、いまだ大丈夫であると維持することを助言し、結局原告も被告関戸の意見をいれて右売玉を維持した。

5  東京毛糸の追証

同年九月二七日後場一節において、東京毛糸は一キログラム当り一六〇九円となり、同月二〇日売建(別表第一の1)した際の一五五一円に比して、一キログラム当り五八円上がつた。そのため右時点での原告の損失勘定は一七四万円となり原告があらかじめ預託しておいた本証三〇〇万円の半額を越えたため、翌九月二八日準則八条三項に基づき鈴木が原告肩書住所を訪れ、追証一五〇万円の預託を求めたところ、原告は「追証のことは初めて聞いた」といつて拒絶した。そこであらためて被告関戸と鈴木との両名が原告の肩書住所を訪れ、追証の意味と、もし追証を預託しなければその段階で原告の建玉を処分するため原告の損計算となる旨説明したところ、原告は、損幅を少くすることを意図して、追証を預託して右売玉を維持することを決意した。

6  横浜生糸の手仕舞いと東京毛糸の両建

同年九月三〇日、東京毛糸が前日(二九日)の後場二節で一キログラム当り一六五九円に上がつたため、被告会社では、鈴木が原告に対し、「毛糸は更に上がる可能性があるから損害を少くするために両建(売玉と買玉を併行して建てること)にした方がよい。しかしそうすするとそれまでに原告が被告会社に預託していた証拠金では不足するので、生糸を手仕舞つて、その残りの証拠金を毛糸の証拠金に充当するようにしてはどうか。その場合証拠金の不足額は一〇〇万円となる。」などと電話で助言し、原告の了解を得たうえ、三〇日、別表第二記載のとおり横浜生糸を手仕舞い、別表第一の2記載のとおり東京毛糸を買建し、その旨原告に連絡した。

7  東京毛糸の買玉の手仕舞い

原告は同年一〇月二日、右6の両建について、売玉と買玉の双方に追証がかかるのではないかと錯覚し恐れ、被告会社に電話で連絡し、応待した事務員に、「右両建分のうち買玉につき買値よりも高くなつた時点で手仕舞いされたい」旨依頼した。そこで被告会社では、同日別表第一の2のとおり九月三〇日に買建していた東京毛糸を手仕舞つた。

8  東京毛糸の再度の両建

同年一〇月三日、前日(一〇月二日)後場二節で東京毛糸が一キログラム当り一七三〇円を記録し、右記載のとおり、買玉を手仕舞いした時点よりも更に一キログラム当り二一円上がつたため、被告関戸の依頼で、当時被告会社札幌支店営業部長であつた斉藤平太郎(以下「斉藤」という。)が原告に対し「今後の相場の動きに対する見通しや対応策、すなわち更に高値が続くだろうということと、相場が安定するまで売建と同枚数の買建をして、しのいでおいた方が売玉を手仕舞つてしまうよりも現在の損失を将来の利益に結び付けるよう考える意味からも得策である」などを電話で助言したところ、原告も了承して買建を依頼した。そこで被告会社は別表第一号3記載のとおり東京毛糸につき新規買建した。

9  東京毛糸買玉(二度目)の手仕舞い

その後原告と被告関戸、鈴木、斉藤らは、東京毛糸の相場が上り切るまで両建のままで様子を見ることとしていたが、同年一一月二〇日、すでに東京毛糸は安定して一キログラム当り一七〇〇円を上まわるようになつてしまつていたので鈴木はそろそろ上りつめたのではないかと判断し、その旨原告に電話で連絡をとり原告と相談した結果、原告の指示にしたがい、五日以内に一キログラム当り七三六円(これは一一月二〇日前場二節の値段であつた。)以上になれば一〇月三日にした買玉を手仕舞うこととし、その旨注文伝票(乙第七号証の五)に記載した。そして昭和四七年一一月二〇日後場二節において別表第一の3記載のとおり東京毛糸につき一〇月三日にした買玉を手仕舞つた。

10  東京毛糸の決済

その後、東京毛糸は、同年一一月二八日ころから又上がり始め、翌一一月二九日前場二節には一キログラム当り一八二一円となつたため、その時点での東京毛糸の九月二〇日の売玉(別表第一の1)の損失勘定は八一〇万円となつた。そして右時点における原告の委託証拠金残額は一一二万一〇〇〇円であつたため、委託証拠金が二四八万九五〇〇円不足した。そこで右不足分を原告に対し追証として請求する必要が生じたので、同日被告関戸が原告に対しその旨を連絡し、かねて原告が被告会社に預託してある株式五〇〇〇株について、未処分のままでは七割位にしか評価できないが、処分すれば売却代金全額を証拠金に充当できるなどを相談したところ、原告は、右株式を追証の内金とし、残額の処置については翌日(一一月三〇日)回答する旨連絡した。そこで再び翌日被告会社が原告に連絡したところ、原告は、追証の用意ができないけれども更に翌日(一二月一日)原告宅へ来てくれるように依頼してきた。そのため翌日の一二月一日早朝、被告関戸は原告肩書住所を訪れ、原告とその妻長谷川キヨシも交えて以後の方針について協議した結果、原告は、追証をただちに工面する目途も立たず又妻の助言もあつて、本件取引を決済することを決意し、建玉をすべて手仕舞うよう被告関戸らに依頼した。右の経緯を経て被告会社は、同年一二月一日前場一節をもつて、別表第一の1記載のとおり、同年九月二〇日に売建していた東京毛糸を手仕舞い、本件取引を決済した。

11  以上の認定に反する証人長谷川キヨシの証言、原告の本人尋問の部分は、措信しえない。

そして右認定に徴すると、被告会社は、原告から同年九月二〇日、東京毛糸の建玉の委託(別表第一の1)を受けた際、原告との間で銘柄東京毛糸、月限二月限、枚数一〇〇枚、成行、前場一節で取引することで了解し、同年九月二五日横浜生糸の委託を受けた際にも、銘柄横浜生糸、月限二月限、枚数五〇枚、成行後場一節で取引することで了解し、本件取引を開始して以来、同年九月二五日東京毛糸が下がつた際別表第一の1記載の建玉を維持し、同年九月三〇日東京毛糸が上がつた際、別表第二記載のとおり横浜生糸を手仕舞いし、同日別表第一の2記載のとおり新規に東京毛糸を買建し、同年一〇月二日別表第一の2記載のとおり右買建し東京毛糸を手仕舞いし、同年一〇月三日、別表第一の3記載のとおり再び東京毛糸を買建し、同年一一月二〇日、別表第一の3記載のとおり右東京毛糸の買玉を手仕舞いした後、同年一二月一日、別表第一の1記載のとおり東京毛糸の売玉を手仕舞いし、本件取引を決済するに至るまで、すべて原告と連絡をとり、その了解を得てなしたものと認めるのを相当とする。

12  したがつて、被告会社が本件取引の受託に際し、原告が被告会社に一切を一任する契約を締結し、被告会社は原告の指示を受けないで原告の計算によるものとして本件取引をなしたものとし、準則三条、一八条一号、二号違反をいう原告の主張は理由がない。

(五)  準則一七条(不当勧誘等の禁止)一号違反について。

1  前出甲第四号証、証人長谷川キヨシの証言、原告の本人尋問の結果によると、同年九月一九日、被告関戸が原告の肩書住所を訪れ、別表第一の1記載の東京毛糸の取引の委託の勧誘をした際、被告関戸は原告に対し追証のことなどではとりたてて説明せず、「毛糸が異常に値上がりしており、現在一五〇〇円台であるが、必ず一四〇〇円までの下落は確実である。一〇〇円で三〇〇万円、一五〇円で約四〇〇万円の利益は確実である。元金はすぐ回収して利益だけで継続すればよい。来年(昭和四八年)二月までの好きな時に仕切つて損益の決済をすればよい。」などと述べ、同年九月二五日、鈴木とともに別表第二記載の横浜生糸の取引の委託を勧誘した際にも「生糸も値上りしており必ず下がる」と述べたことが認められる。

右は利益のみを生ずるかの如き誤解をさせる断定的な表現であつて、一応、準則一七条一号及び「法」九四条一項(不当な勧誘等の禁止)一号に違反するというべきである。

2  ところで、被告関戸の右勧誘行為が不法行為であるというためには、単に取締規定である準則及び法に違反するというだけでなく、それが社会通念上、商品取引における外務員の外交活動上一般に許された域を越えた違法なものであり、しかもそれによつて原告が損害をこうむつたということが必要であると解するのを相当とする。ところで、前出各証拠によれば、原告が「原告宅の電話が農村集団自動電話であつて通話が不便であることや、多忙なため相場の変動に注意しておれないことを説明して委託を渋つた」のに対し、被告関戸が前記認定のとおり追証のこともとりたてて説明せず、利益が確実であるかの如き言葉をもつて勧誘した事実が認められるけれども、前記認定のとおり本件取引開始前に原告に交付された「商品取引をされる皆様に」と題するパンフレット及び準則の七条以下には追証についての説明、規定があり、原告が文章についての読解力において通常人より劣るという特段の事情の認められない本件において、あらかじめ追証の説明をしなかつたことが、そのこと自体ただちに右の意味で違法であるとはいえない。又勧誘の態度においても、拒絶する原告を執ように無理に説得したとまでは認めるに足りず、要するに本件において被告関戸の勧誘が外務員として社会通念上許容される範囲を越える違法なものであつたことを認めるに足りる証拠がない。

3  又、<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

昭和四七年八月ころ、被告会社から往復葉書で、商品取引に関するアンケートに対し原告は回答をした。その往復葉書の返信部分(乙第一五号証の一及び二)は商品取引に関する資料の請求券を兼ねており、又回答事項として今までの投資経験の中で一番効果があがつたのは(原告は「不動産」と回答)、株式や債権に対するあなたの投資経験は(原告は「株式現物」と回答)、商品先物取引については(原告は「一応知つている」と回答)などと回答した。これに基づき被告会社は同年八月二一日ころ、原告に対し資料として「現代の投資と相場」と題する小冊子(乙第一二号証と同一のもの)を送付し、次いで被告会社函館営業所では、同年九月一九日、まず被告関戸が原告の肩書住所を訪れ、次いで鈴木も訪れて本件取引の委託を勧誘するに至つた。

被告関戸との話の中で、同被告が原告と同じ小樽出身であることなどから、親近感をもち、酒を出したりしながら同被告から商品取引の話を聞いた。被告関戸が若年で出張所長をしていることに感激し、同被告から営業成績があまりよくないといわれたりしたため激励の意味で付合程度なら取引をしてもよいということになつた。本件取引開始のころに「準則」、商品取引に関するパンフレットなどが交付され(前記認定のとおり)右パンフレットのうちの「商品取引をされる皆様に」と題したものの冒頭には「もうかることもあれば損することもあります」と記載してあつた。

原告は同年九月二五日、被告関戸、鈴木から商品取引を勧誘する相手を紹介するよう依頼された際同被告らに対し、「自分のような農家なら損失発生の際土地を処分してもよいが、月給取を紹介して損害発生の場合、被告会社が損するがよいか」などといつたこともある。

4  右認定事実に徴すると、原告は、本件取引委託時において、商品取引について、特に深い知識といえる程の予備知識があつたとはいえないまでも、少くとも損失を受けることもあれば、利得をすることもあることは知つていたと認められる。そして原告が本件取引を委託するに至つた動機は、被告関戸から「必ずもうかる」といわれ、「もうかるに違いない」と確信(誤信)したためであるというよりも、むしろ、同被告が原告と同郷の出身であつて、原告宅まで訪ねて来たところに対する親近感などに加えて損するかもしれないとは知りつつも、利潤を追求したいという期待によるものと考えられる。したがつて被告関戸が前記のとおり利益を生ずることが確実であるかのごとき発言をして勧誘したために、その結果としてそれをそのまま信じて欺罔された原告が本件取引の委託をなすに至つたと認めることも又相当でなく、結局関戸のなした勧誘が不法行為を構成すると結論づけるのは無理というべきである。

(六)  被告らの不法行為

以上の次第で、準則及び法に違反するから不法行為であるとの原告の主張の内で準則及び法に違反すると一応認められるのは、前記(三)記載の「受託の取扱場所」と(五)記載の「不当な勧誘等の禁止」についての規定に違反する被告会社及び被告関戸らの受託及び勧誘行為であるけれども、しかし、そのような準則及び法に違反する行為がそのこと自体でただちに不法行為を構成するといえないことは前記それぞれのところで説示したとおりであつて、更に本件においてこれが二つ合わさつたとしても不法行為を構成するに至るほどの違法性や、因果関係を有することまでは、認めるに足りない、というべきである。

したがつて被告らの行為が不法行為であるとする原告の主張は理由がない。

三(結論)

よつてその余の点について判断するまでもなく、原告の被告らに対する本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(龍前三郎 山森茂生 池田亮一)

<別表第一、第二、第三省略>

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